はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

枝雀師匠の命日

9e556c96.jpg19日は枝雀師匠の命日でした。私の他にも、namさんが二本動画をうpしてくれました。モットもその内の浪曲は私のリクでしたが。
コメントにも書き込みがありました。
生放送ではお席亭が延長をしてくれて、師匠の噺を流してくれました。延長の度に500円懸かるのは本当に申し訳ないです。
 前にも書きましたが、大げさな身振り手振りが有名でしたが、音のみの世界で聞いていると、師匠の細かい演出が判ってきます。本当に惜しかったですね。ご冥福をお祈りします。
 その後は生放送で、話が出たので「九段目」をうpしました。
これは、その当時は圓生、正蔵師以外はやり手の無かった噺で、今聞いても、面白くありません。仮手本忠臣蔵の九段目が判らないとまるで理解出来ない噺です。最近はやり手が居るのかな?特別な会では演じられるのでしょうが。
 お席亭の処に「会長への道」がリクをされていました。きっとお持ちではないと思い、伺った処やはりそうなので、これもうp。以前は長いバージョンを持っていたのですがね・・・失った代償は大きい!
そうそう、六代目蝶花楼馬楽師の「応挙の幽霊」もうpしました。
この師匠を知ってる人は余りいないかな?
以上作文みたいな文でした!

 

悲しい日

92c1c180.jpegいよいよ明日は、桂文朝師の命日です。2005年に亡くなっているので4回目の
命日です。子供の頃からの噺家で、派手さは無かったものの実に安心して、高座を見ていられる人でした。
 一時期この人に本当に入門して噺家になろうか!?なんて考えた事があって、そのとき頭の中には、この師匠の存在が有りました。しかし弟子は取らないと判り断念した事を思い出します。
少し調べると、文朝師に入門したかった人は現役の噺家さんにも、かなり居ると言う事です。ホントに惜しい人でした。
 19日は、桂枝雀師の命日です。3月に自殺未遂をして、亡くなったのが4月19日でした。このニュースを聞いた時は衝撃的でした。鬱病だと聞いていましたが、まさか自殺するとは思いませんでした。
生前は「随分派手なしぐさをする噺家さんだな」と思い、「米朝師の弟子からこの様な人が生まれるんだ」と思ったものでした。
最近、音だけを聞いてみると、しぐさとは裏腹に、師の必死さが何と無く感じられる様な気がします。
四月は私にとっては、あと一人どうしても忘れられない噺家さんの亡くなった月です。それは古今亭右朝師です。この思い出は命日が近づいたら書きます。

暑い!

e8a70f1e.jpeg来週18日は文朝師、19日は枝雀師の命日なので、追悼の意味を込めてうpしましたよ。
特に、枝雀師は削除の可能性があるので、簡単な偽装をほどこしてうpしました。
みんな食いつきが良いこと!聞きたいものね。
次は、三遊亭円輔師の「人形買い」をうp。
この時季ならではの噺で、円輔師は地味だからこの様な事でもないとね。
 昨夜の生放送で、いい加減な事をコメントしてしまった。
「家見舞い」を「肥え瓶」と言ってしまった。間違いではないが、現在は「肥え瓶」と言う題は使わないそうだ。トホホ。

思い出の高座

bb2d34db.jpegここの処、噺のうpの数が多い。namさんが仕事が一段落した様で、幾つか上げられている。松尾さんも急に次々とうpしだしました。
そしたら、お席亭までもがうpしているではありませんか。実にお目出度い事です。自分が作った動画にコメントを貰えると嬉しいモノです。
 私の方は、志ん朝師「搗屋幸兵衛」、さん喬師「棒鱈」、権太楼師「佐野山」「不動坊火焔」とうp。お席亭から「志ん生を何か一席」と書き込みが有ったので、「大山詣り」をうpしました。
 今日は、伝説になっている?1997年11月の落語研究会で、志ん朝師が演じた「文七元結」、同じ日の中入りで雲助師が演じた「二番煎じ」をうpしmした。この日は今でもハッキリ覚えています。友人と当日券を求めて並んで、かなり良い席を求める事が出来、夢中で見た記憶が有ります。中入りで、休憩でロビーに出ていた時、「何だか帰りに一杯飲みたくなったよ」
「そうだね、飲んで帰ろう!」という様な会話が数多く交わされていました。志ん朝師匠に負けない熱演だったと思います。
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