はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

落語の登場人物について

30710063今日は落語に登場する人物について基本的な事を押さえておきたいと思います

 まず、一番出演が多いのが、熊五郎(熊さん)と八五郎(八っあん)ですね。この二人は良く主役級で登場します。熊さんは殆んど大工ですね。ハっあんも殆んど大工ですが、たまに左官屋になったりもします。熊さんも「芝浜」と言う噺では魚屋になったりもします。
 主に熊さんは割合まともな主役を演じます。まあ乱暴者という設定もありますけどね。
それに比較して八っあんは笑い話の主役が多いですね。大家さんや隠居さんにしつこく質問したりもしますね。
 まあ、この二人は落語の世界ではスーパースターですね。

 次に登場するのが甚兵衛さんです。この人は人が良い! 良すぎて騙されたりもします。基本的に人を疑う事を知らない人物です。決して抜けている訳ではありません。噺をちゃんと理解していない噺家がたまに甚兵衛さんを与太郎のように演じますが、これは間違いです。

 そして町内一の色男といえば、建具屋の半公(半ちゃん)です。色っぽい噺には必ず中心人物として出て来ます。豆腐屋の女将さんと間男していたりします。たまにそれを利用されて痛い目にも会います。まあ、そう上手い話は無いと言う事ですね。

 そしてなんと言っても、落語界最大の立役者が与太郎です! もうこれは凄い! 天然ボケなのか軽い知的障害なのか、微妙なところ。すごく味の良いボケをたくさんかましてくれます。愛嬌があり、親孝行な面もあります。
 職業は、大工の端くれだったり、飴やかぼちゃの行商をしたり、骨董屋の奉公人、古道具の露店商だったりします。でも物事を結構シュールに見ていたりします。女性に結構モテるのでイケメンなのかも知れません。
 立川談志師はそうではないと語っています。与太郎は愚か者ではなく、常識に囚われない物の見方をするのだと言っています。だから非常に言う事がシュールだったりするのです。
 叔父さんの代わりに露天の道具屋を始めれば、脚が一本欠けてる椅子を「後ろの塀ごと買ってください」と言います。彼にとっては、脚一本欠けてる椅子は後ろの塀とコンビならば立派に使えるのです。凄いですよね。この発想! 

 落語の世界には未だまだ面白い人物がいます。それが横丁の隠居です。「天地神明、知らない事は無い」と自称する博学な年寄りですが、判らないと勝手に時にこじ付けで教えてしまうことがあります。「戦場で兜の代わりに被ってそれに矢が当たって『カーン』矢が当たって『やカーン』でヤカンだ」とか言ってしまうのです。訊いた熊さんもハッあんも半信半疑ながら信じてしまうと言う……

 それから落語には、金坊とか亀ちゃん、あるいは定吉とか言う子供が良く出て来ます。この子供が困っしゃくれているのです。
 金坊は親を騙して小遣いをせびるし、定吉はお店の小僧なのですが、店の用事で使いに行ったついでに芝居(歌舞伎)を一幕見して来ると言う始末です。
 唯一亀ちゃんは素直な子供と言う設定が多いですね。

 その他にも落語に登場するお店は大抵「伊勢屋」で、しかも質屋さんと相場が決まっています。これは当時江戸に多くの「伊勢屋」と言う名の質屋さんが多かった事を物語っています。
 三重出身の人は勤勉で良く働いたそうで、一角千金の商売よりも固く堅実な商売を選択したとか。そこで自分の出身地の名を店に付けたそうです。
 ここの若旦那は遊び人だったり妙に真面目過ぎたりします。結構な器量良しらしく何処かの大店のお嬢さんに見初められたりします。
 長屋の娘は大方、お花です。結構積極的だったりします。年頃になって器量良しの娘になりました。
 
 落語には武士も登場します。一番偉いのが大名で、落語では赤井御門守と決まっています、石高は「12万3,456石7斗8升9合1つかみ半分」となっています。勿論これは洒落ですが、御門が赤いと言う事は将軍家と縁戚関係にある証です。なんでも血筋を辿ると天皇家に繋がるそうです。(ホントかよ!)
 なお、家来には田中三太夫と言う重役もいます。
 この殿様、部下に蕎麦を食べさせて腹を下させたり、何処かの殿様の代わりに吉原の花魁の盃を勝手に受けてしまったりします。

 その他にも幇間は一八(いっぱち)ですね。伊勢屋の若旦那にいいようにからかわれていたり真夏に鰻をご馳走になろうとして騙されたりします。医者なら薮井竹庵先生ですね。名医なのか藪なのかはっきりしません。「百川」では鴨池元琳という名医も登場します。心学者では紅羅坊奈丸先生ですね。
 勿論お江戸の噺ですから色っぽい人も出て来ます。それが吉原や品川の遊女です。ワガママな喜瀬川や調子の良いお染などです。
 勿論純愛に身を捧げた、高尾太夫や幾代太夫と言う方も登場します。
 このような個性溢れる人物が織り成す物語が落語ですね。

「笠碁」という噺

66e735b5『笠碁』
 今日は秋の長雨の時の噺です。ここのところ雨が降るとかなりの雨量ですね。皆さんの所は如何だったでしょうか? 水害に見舞われた方にお見舞い申し上げます。

【原話】
上方落語の初代露の五郎兵衛師作の笑話本で元禄4年刊「露がはなし」中の「この碁は手みせ金」です。
明治に入ると、三代目柳家小さん師が、碁好きの緻密な心理描写と、巧妙な話芸で、十八番としました。

【ストーリー】
秋の長雨が連日降っています。こうなるとお店も暇になり、大店の旦那が二人は退屈でなりません。(小さん師は旦那と出入りの職人、店は番頭に任せておりますので充分に暇ですね)
そこで、連日好きな囲碁を打つ事になります。二人とも碁が好きなのですが腕前の方はへぼ。碁会所などに行っても、へぼすぎて勝負になりません。
このような場合は双方がほどほどに力量が合わないと面白いものではないのですね。勝ったり負けたりを繰り返しています。
ある時、よせば良いのに待った無しで始めたからおかしくなりまして、終いには喧嘩にまでなってしまい、最後は「二度と来るな!」「来てやるものか!」と言い合いになってしまいます。
 それから数日、やはり雨がしとしとと降っています。もう旦那は暇を持て余すなんてものではありません。やたらイライラして八つ当たりを繰り返しています。
良く言われるのが「碁敵は憎さも憎しなつかしし」と言う言葉。一方、相手の方も囲碁がしたくて堪りません。そこで女房の止めるのも聞かずに編み笠を被って、相手の店の前をウロウロします。それを見た店の旦那は嬉しくて仕方ありません。女房に鉄瓶の湯を沸かさせ、
碁盤も用意させて、外ばかり見ながらソワソワ。
遂に相手が入って来て憎まれ口を利きますが、そんな事はどうでも良く早速碁石を並べて囲碁を始めます。でも碁盤に雨漏りがします。おかしいと相手を見たらまだ笠をかぶったままだったと言う……

【演者】
これも色々な演者が演じています。五代目柳家小さん師や十代目金原亭馬生師が得意にしてました。個人的にもお勧めです。

【注目点】
後半の、店の旦那が店の前を通る相手を見る目線の動きが重要ですね。ここが眼目です。ここはセリフも少なく仕草で笑いを取れるシーンですので、ここを上手く演じられない噺家さんは駄目ですね。

『能書』
小さん師で良いのは、最後の二人仲直りして囲碁を差し始める迄、ほとんど旦那は視線を上げませんね。その表情がとても良いです。
五代目志ん生師は、改作して碁を将棋に代え、「雨の将棋」と題して、より笑いの多いものに仕立てました。

『ネタ』
個人的には、十代目馬生師のNHK主催の「東京落語会」で演じた高座が好きです。ネットに上がっていますので是非ご覧になってください。また五代目小さん師の動画もあります。これも絶品です。二人共体の隅々まで神経を通わせ無駄の無い高座になっています。名人芸と呼んでも良いと思います。どうか、二人の師匠の目線の使い方をご覧になってみてください。

 ではまた〜

「真田小僧」という噺

src_14078016『真田小僧』
今日はこの噺です。何回か取り上げていると思いましたが、やってないみたいなので取り上げます。
芋も出て来るので秋の噺としました。
【原話】
講釈の「難波戦記」から出来た上方落語「六文銭」です。それを三代目柳家小さん師が東京に移したものと言われています。噺そのものは東西ともほぼ同じです。

【ストーリー】
親をへこましてばかりの金坊。父親に小遣いをせびり、
駄目だと言われると、おとっつぁんの留守に家に男の人がやって来て、母親が喜んで家に上げていた。と言ったので父親はついつい気になり、
話がとぎれる度に、もう一銭、もう一銭と追加を取られ、最後はいつも来る横丁の按摩さんだった」と言って、外へ駆け出して行ってしまった。
子供が逃げていってしまうと、
夫婦で、末恐ろしい餓鬼だ、今に盗賊になるかも知れないと、嘆くことしきり。

最近寄席ではここで切ることが多いです。その節には母親が金坊と父親のやり取りを聞きたがるので
「そんなに聴きてえか? ならお前も一銭出せ」
 と落とす事が多いです。本来はその後があり、

 それに引き換え、あの真田幸村公は、栴檀は双葉より芳し、十四歳の時、父真幸に付いて、天目山の戦いに初陣した折りに、敵に囲まれて真幸が敗北の覚悟をした時、倅の幸村が、自分に策がありますと申し出て、敵の松田尾張守の旗印である永楽通宝の六連銭の旗を立てて、敵陣に夜襲をかけ、混乱させて同士討ちを誘い、見事に勝利を納めたという。それ以来、真田の定紋は二ツ雁から六連銭になった
 という故事を父親が母親に話し、あいつは幸村どころか、石川五右衛門になるかも知れない。と言っているところに帰って来た。
いつの間にか聴いていて、
「おとっつぁん、六連銭ってどんな紋?」
「いいか、こういうふうに二列に並んでいるんだ」
「どういう風に二列なの」
 いくら言っても判らないので本物のお金を出して説明すると
「あたいにもちょっと貸して。なるほど」
 そう言って銭を数えるふりをして、お金を取って逃げていく。
「あっ、またやりあがった。おい、それを持ってどこへ行くんだ。寄席でも行くのか」
「今度は焼き芋を買ってくるだい!」
「ああ、いけねえ うちの真田も薩摩へ落ちた」

【演者】
やはり三代目金馬師や六代目圓生師ですかねえ。もちろん志ん生師を始め色々な噺家さんが演じています。個人的には志ん朝師が良かったですね。
今でも寄席や落語会で多く演じられています。

【注目点】
今、寄席などで演じられている途中で切るやり方では、何故「真田小僧」なのか判りません。たまにはちゃんと最後まで聴きたいですね。

『能書』
真田三代記は元禄時代の歴史小説で、これや難波戦記を元にして「真田十勇士」が生まれました。
六連銭(ろくれんせん)は、家紋の一つで六枚の銭を図案化したもの。真田家の家紋として知られる。六文銭とも言います。圓生師は「りくれんせん」と言っていましたね。

『ネタ』
噺家の符牒で「六」のことを「さなだ」というのは真田家の家紋の六文銭からだと言われています。

「紙屑屋」という噺

05ee337a『紙屑屋』
 これも秋の噺とは限りませんが、そこはまあ……。
 ちなみに上方では「天下一うかれの屑より」と言います。

【原話】
林家蘭丸作と言われています。1861年の桂松光の根多帳「風流昔噺」に既に載っているそいるそうです。また圓朝全集にも「紙屑のよりこ」として載っています。

【ストーリー】
道楽のし過ぎで勘当され、出入り先の棟梁のところへ居候している若旦那。しかし、まったく働かずに遊んでばかりいるため、居候先の評判はすこぶる悪い。とうとうかみさんと口論になり、困った棟梁は若旦那にどこかへ奉公に行くことを薦めた。
「奉公に精を出せば、それが大旦那様の耳に届いて勘当が許されますから」
さて、若旦那が行かされた先は町内の紙屑屋(現在で言うところの古紙回収業)。早速いろいろとアドバイスを受け、主が出かけている間に紙の仕分けをやらされる事になった。
「エート・・・。白紙は、白紙。反古は、反古。陳皮は陳皮。エー・・・」
早速仕事をやり始めるが、道楽していた頃の癖が抜けずに大声で歌いだしてしまいなかなか捗らない。
挙句の果てには、誰かが書いたラブレターを見つけて夢中になって読み出してしまった。
一度は正気に戻って仕事を続けるが、今度は都々逸の底本を見つけて唸り出してしまう。
また正気に戻って仕事を続けるが、今度は義太夫の底本を見つけ、役者になった気分で芝居の真似事を始めてしまった。そこへ主が帰ってきて
「何をやっているんですか? まったく、貴方は人間の屑ですねぇ・・・」
そう云われて若旦那は
「屑? 今選り分けているところです」

【演者】
現役では、林家たい平師や鈴々舎馬桜師、林家正雀師も演じています

【注目点】
若旦那ものですが、「湯屋番」と同じような構図ですね。
こちらは、芸達者な噺家さんがやると面白いです。
江戸時代はリサイクル社会ですので、あらゆる物が再利用されていました。
紙等はその最たるもので、屑屋さん----古紙問屋-----漉き返し業者、と流れて行きました。
この噺はその真中の業者での出来事です。
『能書』
上方落語では『天下一浮かれの屑より』という演目で、もちろん音曲が豊富に入っています。東京で音曲が噺に入るのは限られているので、余り掛からないのもその辺に原因が有るのかも知れません。
この紙屑の山から色々な本を見つけては、一人で白日夢を見ている若旦那です。
上方のタイトルの「天下一」とは、クズの山から出てきたサイコロで遊んでいるうちにこの目が出て、「総取りや!」とせっかくより分けたクズをかき寄せる落ちが使われていたことに由来しているそうです。

『ネタ』
噺の中で、「からす」と言うのは真っ黒になった紙ですね。これは思に手習いの処で仕様された半紙等で、当時は真っ黒になるまで練習して使っていました。
「チンピ」とは陳皮の事でミカンの皮です。
「せんこうがみ」とは「線香紙」と書き、煙草の空き箱のことで「浅黄紙」とも書きます。
ここの処だけは明治期に変えられたそうです。煙草の空き箱は明治以降だからです。
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