はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

「権助提灯」という噺

6ce27971『権助提灯』
今回はこの噺です。風が強い晩の噺ということですが、朝が明けるのが早いということもあり、秋口の台風が近づいている夜と考えることも出来ると考え、取り上げる事にしました。
「悋気の提灯」という別名でも呼ばれてるようです

【原話】
かなり古い噺で出処は良く判っていませんが初代圓遊師や遊三師の速記が残っています。

【ストーリー】
 さるご大家の旦那ですが、妾を囲っているのですが、お内儀さんがいたって物分かりがよく、
またお妾の方も本妻を立てるので、家内は円満で、だんなは本宅と妾宅に交互にお泊り
という、大変にうらやましい環境です。(一見w)
 ある夜、旦那が本宅に帰ると、お内儀さんが、
「今夜は火のもとが心配だから、あちらに行っておやりなさい」
と言うので、旦那はその言葉に甘えて、飯炊きの権助に提灯を付けさせて供をさせ、
妾宅に引き返しました。
 するとお妾の方でも、本妻に義理を立てて、お内儀さんに済まないから今夜は帰ってくれと、言うのです。
またも本宅へ引き返すと、お内儀さんが承知せず、こうして何度も本宅と妾宅を行ったり来たりするうち、提灯の火が消えました。

「おい、権助、提灯に火を入れな」
「それには及ばねえ。もう夜が明けちまっただ」

【演者】
三代目小圓朝師や六代目圓生師など色々な噺家さんが演じています。
今でも寄席などで良く聴く事が出来ます。

【注目点】
落語に出て来る、権助、ですが、特に飯炊き専門に雇われた男の総称で地方出身の商家の使用人の総称です。
落語の田舎言葉は架空のもので、何処の地方だか特定出来ない様になってます。
権助も田舎に帰れば地方の有力者の次男三男ということもありました。

『能書』
江戸時代には、妾を商売とする女性もいたそうです。
享保あらいから、江戸でも武士・町人・僧侶など、階級を問わず、富裕な者は妾を持つことが一般化しました。
安政大地震(1855)以後、下級武士や町家の娘が、生活の助けに妾として身を売るケースが増え、
今で言う契約愛人が成り立つようになったそうです。
愛人契約にも、さまざまなオプションがありました。安囲いといい、一月または二月契約で、
月二〜五両の手当ての者は、旦那が通ってくる日数まで、契約で決まっていたそうです。
中には複数の女性を同じ所に住まわせていた者もいたそうです。

『ネタ』
三代目小圓朝師は放送の録音でこの噺を収録したそうですが、うっかり妾の方の家でサゲてしまった事があるそうです。気がついた時は後の祭りだったとか。

「馬のす」という噺

4e1c12c8『馬のす』
今日はこの噺です。枝豆が出て来るので夏の噺でしょう。

【原話】
1775年の「花笑顔」の「馬の尾」が元と思われますが、今の形は1795年の「詞葉の花」の「馬のす」が一番近いと言われています。
ちなみに上方落語では「馬の尾」です

【ストーリー】
釣好きの男、今日も女房に文句を言われながら、今日も釣りに行こうとして、道具の点検です。
オモリよし、浮きよし、ところが肝心のテグスがダメになっています。
どうしようか困っていると、馬方が馬を連れてきて軒先に繋いでいって仕舞います。
「ああ、ダメだよ。おい、そんなところに……あああ、行っちまいやがった」
舌打ちしたが、何の気なしに馬の尻尾を見て、名案が浮かびます。
 こいつは使えそうだと引っ張ると、なかなか丈夫そう。
三本、釣糸代わりに頂戴したところへ、友達の勝ちゃんが、馬の尻尾を抜いたと聞くと、
いやに深刻な顔をして「おまえ、えれえことをした。馬の尻尾を抜いたらどういうことになるか知らないな」
と思わせぶりに言います。
 不安になって、教えてくれと頼んでも「オレだってタダ習ったんじゃねえんだから、
親しき中にも何とやらで、酒でも一杯ご馳走してくれれば教えてやる」と条件をつけられます。
酒はないと言っても、今朝かみさんがよそからもらった極上の一升瓶をぶらさげているのを見られているのです。
知りたさと不安はつのるばかりなので、しかたなく承知して、
勝ちゃんに枝豆付きでごちそうします。
なんだかんだとイ言いながら酒を飲み始めます。
酒はのみ放題枝豆は食い放題。
じれた相棒がせっついても、話をそらして一向に教えようとしません。
 そればかりか、オレも同じように馬の尻尾の毛を抜いてると、年配の人に、これこれこういう祟りがあると聞いて、恐ろしさに震え上がっただの、気を持たせるだけ持たせ、ついに酒も枝豆もきれいに空けて仕舞いました。
「ごちそうさん。さあ、馬の尻尾のわけ、教えてやろう」
「どうなるんだい」
「馬の尻尾……抜くとね」
「うん」
「馬が」
「馬がどうするんだい」
「痛がるんだよ」

【演者】
この噺は三代目円馬師の直伝で、八代目文楽師が得意にしていました。
でも、大ネタの十八番と違って、夏場の、客が「セコ」なときなどに、短く一席やってお茶をにごす、いわゆる「逃げの噺」と言えるかもしれませんが、枝豆を食べる仕草は一級品です。円生師の「四宿の屁」などもこれに当てはまりますね。
大看板は必ずこうした「逃げ噺」を持ってたそうで、志ん生師は「義眼」だったそうです。
文楽師も、ある夏はトリ以外は毎日「馬のす」で通したこともあったといいます。

【注目点】
どこがどうということもない、他愛ないといえば他愛ない噺なのですが、なんだかあっけなくもあり、この後実は何かあるのでは? と思って仕舞います。
この噺、もともとは上方の噺ですが、小品といえども、後半の枝豆を食べる仕種に、伝説的な「明烏」の甘納豆を食べる場面同様、文楽師の巧緻な芸が発揮されていました。

『能書』
短い噺で、本来は小ばなしとしてマクラに振られるに過ぎなかったのを、
三代目円馬師が独立した一席に仕立て、文楽師が磨きをかけたものです。
本当は馬のすは「馬尾毛」と書き、白馬の尻尾だそうです。
この場合は荷馬なので白馬では無いでしょうね。

『ネタ』
実は以外な事に釣りと言うのは江戸時代までは、武芸と同じ様に武士のたしなみで、娯楽では無かったのです。
ですから、「野ざらし」は明治の噺となっています。

「藁人形」という噺

45467ee4『藁人形』
今日はこの噺です。暑いのでね、涼しくなる噺をやりましょう。

【原話】
1773年の「挫楽産」の「神木」だそうです。

【ストーリー】
舞台は四宿の一つ千住です。
 乞食坊主の西念に女郎のお熊が身の上話をします。
「実家は糠問屋で大事に育てられたが、実家は燃えて両親は死んだ。
今、身受話があり、絵草紙屋を買うつもりだ。
あんたの死に水を取ってやるから父親代わりに一緒に暮らさないかい」と言います。
「ありがたい」と西念は喜ぶ。
 その後、訪れる度に小遣いを貰います。
ある日、「旦那が旅から戻ってくるまで、誰か四十両貸してくれないかねぇ」
絵草紙屋を他に売られると聞き、貯めた銭を西念が出した。
後日、西念が風邪薬を買いたいと頼みに行くと、騙されたと知って怒るが、
逆に叩き出されて顔に大怪我をします。
 家に引きこもった西念を甥の甚助が訪ねると、
「鍋を開けるんじゃねぇぞ」と言われたが、鍋の中には藁人形が油で煮られています。
「騙した女を呪い殺そうと七日間飲まず食わずの願をかけたが、お前に見られちゃもう駄目だ」
「呪の藁人形なら五寸釘を打つもんだろう」
「釘が利かねえ、糠屋の娘だ」


【演者】
八代目正蔵師や五代目古今亭志ん生師が有名ですね。今輔師もよく演じました。
今輔師の演出は凄いですよ、完全に怪談噺として演じています。
この噺は怖く無い筋なのに、怖く聴かせるのがチョイト大変ではなかろうかと・・・
個人的には人情噺風の演出の志ん生師がいいですね。

【注目点】
「黄金餅」で有名な西念さんが登場します。
って違う西念さんですね。
元鳶で、纏持ちだったそうです。
願人坊主と火消しの纏持ちじゃ天と地ほど違いますね。

『能書』
江戸時代に主に女子が嫉妬して人を呪うあまり神社等に丑三つ時に参拝して藁人形の急所に五寸釘を打ち込む「丑の刻参り」という風習が出来たそうです。

『ネタ』
個人的にですがこの噺の作者は「糠に釘」というオチが言いたいばかりに
これだけの噺を考えたと感じますねえ。
作者は完全に江戸っ子だと思います

「かぼちゃ屋」という噺

ps_aasa0004_0001_01『南瓜屋』
今日はこの噺です。

【原話】
ご存じ与太郎噺で、大阪の「みかん屋」を、四代目柳家小さん師が大正初年に東京に移植しました。
小さん師も当初は「みかん屋」でしたが、第一次落語研究会で、売り物を唐茄子に変えました。
「みかん屋」で与太郎が「今年のみかんは唐茄子のように大きい」と言うくすぐりがあり、また当時の大看板・初代三遊亭円右師が人情噺の「唐茄子屋政談」を得意にしていたこともあり、洒落で変えてみたそうです。
「みかん屋」の元は1776年の「軽口駒さらゑ」からだそうです。

【ストーリー】
 与太郎が二十歳を過ぎてもブラブラしているのはいけないと、叔父さんが商売物の天秤を貸し、南瓜を与えて売って来いと言います。
「大きいのが十三銭、小さいのが十二銭、これは元だ、売る時には上を見ろ」
「分かった上を見る」と出掛けて行きます。
袋小路で、天秤が引っ掛かって回れなくなった時に
「天秤を外して体だけ回せ」 
と注意してくれた人が出てきます。そのおかげで回れるのですが、
その人の世話で上を見ている間に全部売れたのですが、元値で売って仕舞います。 
帰ってから叔父さんに「馬鹿野郎、上を見ろとは、掛け値をしろってことだ。
掛け値ができねぇで女房子を養えねぇだろう、もう一度行って来い」
で、さっきの路地に戻ると先程の男が居ます。
「唐茄子ばっかり食っちゃいられねえ。まあ安いから、八銭のをまた三つ」
 と頼むと与太郎
「今度は十銭」
「はあ?」
掛け値の意味を教わったと聞き、
「ぼんやりだな。お前、いくつだ?」
「六十だ」
「見たとこ二十歳ぐれえだな」
「二十は元値で、四十は掛け値だ」

【演者】
やはり柳家の噺ですね。小さん一門を始め広く演じられています。

【注目点】
この噺の最大のくすぐりは「ライスカレーはシャジで食う」でしょうね。
「みかん屋」もこの噺も売ってるものが違うだけで全く同じです。
『能書』
唐茄子は当初のかぼちゃを小型化して、甘味を強くした改良品で、明和年間の頃からから出回りました。(1764〜72)
実は隠語で「かぼちや野郎」言う意味には
「安っぽい間抜け野郎」という意味があったそうです。だから与太郎がかぼちゃを売るのは洒落でもあった訳です。

『ネタ』
かぼちゃはカンボジアから来たかだとの説もありますが、どうなんでしょうね?
調べた所これは勘違いから来てるそうです。
当時のポルトガル船で運ばれて来たのですが、その船の中継地がカンボジアだったそうで
「どこから来た?」
「カンボジアから」
となったとか。これもどれほど正しいのかは判りません。
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