はじめのブログ

落語好きの中年オヤジが書いてる落語日記

今日はね、ちゃんとやりますよ! あたしは

柳家喬太郎師を考察する!

01今日は恐らく日本でもかなり売れている噺家さんです。落語会のチケットの入手の困難さでは一番かも?
【柳家喬太郎】
1963年〈昭和38年〉11月30日 – 東京都世田谷区生まれ
1989年(平成元年)10月 – 柳家さん喬に入門、前座名「さん坊」
1993年(平成5年)5月 – 二つ目昇進、現在の「喬太郎」に改名
2000年3月 – 真打昇進(12人抜き)

【芸風】
古典も新作も両方共演じることが出来る人です。
古典落語は、エンターテイメント性に富む語り口ながら、古典の味わいをそこなうことなく、円熟した落語を聴かせてくれます。滑稽噺はもとより、師のさん喬師ゆずりの人情噺も演じています。

【得意演目】
新作
「午後の保健室」「純情日記池袋篇」「純情日記渋谷篇」
「純情日記中山篇」「純情日記横浜篇」「巣鴨の中心で愛を叫ぶ」
「寿司屋水滸伝」「すみれ荘二〇一号」
「諜報員メアリー」「バイオレンスチワワ」「白日の約束」「派出所ビーナス」
「八月下旬」「母恋いくらげ」「ハワイの雪」「ハンバーグができるまで」
「不二家残酷物語」「冬のそなた」「彫師マリリン」「ほんとのこというと」
「孫帰る」「夜の慣用句」「路地裏の伝説「ウルトラのつる」

古典
「時そば」「死神」「蛇含草」「擬宝珠」や「綿医者」「にゅう」他多数

【エピソード】
さん喬に弟子入りした当初、師匠に「嫌いなものはあるかい?」と聞かれた喬太郎が「納豆がダメです」と答えたところ、翌日「よし、昼メシに買いに行こう」と言われた言う。さん喬いわく「これから噺家としてやっていくなら、お客様や先輩方とのお付き合いもある。そんなときに、あれ食えない、これ食えないじゃ、話にならないよ」と言う意味だったそうな

【ネタ】
師の「時そば」は別名「コロッケ蕎麦」と異名を取る程の爆笑噺になっています。
古典の価値観さえ変えてしまうほどの出来です。

【私的考察】
古典でもその古典落語の風情をギリギリの線で保ちながら己の世界を構築することに成功しています。
その為、古典派、新作派の両方から注目を浴びています。
この先が、どう変わって行くのか大いに注目されていますね。

「五人廻し」は秋の噺だった!

0b63ed4e『五人廻し』
今回は廓噺の名作「五人廻し」です。この噺は旨い噺家が演じると抜群の面白さです。

【原話】
古くからあった人情噺を初代柳家小せん師が今の型に作り直しました。
【ストーリー】
舞台は夜ふけの遊廓・吉原。売れっ子の花魁、喜瀬川は五人のお客をとったが、一人のお客の部屋に居たっきりで、ほかの部屋を廻らないので、振られた男たちは不満たらたら。可哀想なのは廓の若い衆だ。「三歳から大門をくぐっている」という男からは江戸弁で啖呵を切られ、役人とおぼしき男からは軍人口調で「廓に爆弾を仕掛ける」と脅かされる。そうかと思えば妙な言葉遣いの通人からは、真綿で首を絞めるようなイヤミを言われたあげく、焼け火箸を当てられそうになる。若い衆はようようのことで、喜瀬川のところへ。今夜、喜瀬川がずっと相手をしているのは田舎者のお大尽で、一部始終を話すと、お大尽は「玉代を返して帰って貰え」と言い出します。
そこで各人に50銭ずつ貰って返して、返って貰いました。その後「もう50銭おくれよ」とねだります。
「しょうがねえなあ〜子供なんだから」と言って50銭渡すと、「あんたにも50銭返すから、返っておくれよ」

【演者】
歴代では圓生、志ん生、志ん朝、等歴代の噺家が得意としています。

【注目点】
当時は、廓では、持てないからと言って何か言うのは「野暮」とされたので、登場人物の言い方が、妙に卑屈になっているんですね。そんな可笑しさを味わって欲しいです。

『能書』
”廻し”と言う制度は関東にしか無かったそうですが、古くは上方でもあったそうです。
”廻し”とは、花魁が一晩で何人ものお客を相手するシステムです。こう書くと凄いなぁ〜と思うかも知れませんが、ものの本や私が古老から聴いた話ですと、お客さんの居る部屋は小さい部屋で、布団が敷いてあるだけで一杯になる狭さだったそうです。そして殆どのお客相手には衣装すら脱がず、体に指一本触れさせなかったそうです。
つまり、マグロ状態のお客の上にまたがって……ry
色、とかマブと呼ばれる恋人以外は男性の前では裸にはならなかったそうです。

『ネタ』
初代小せん師は病(梅毒、白内障)の為、目が見えなくなったり腰が立たなくなったので、当時の若手に稽古を付けて、稽古料をとり、それで生活していたそうです。俗に小せん学校と呼ばれたそうです。
稽古を付けてもらっていた若手は、5代目志ん生師、八代目正蔵師、6代目圓生師、5代目麗々亭柳橋師、3代目金馬師など、後世の名人が揃っています。

今一度 市馬師を聴いてみよう!

20101215_1678278【柳亭市馬】
今日は、落語協会の会長でもある市馬師です。
声が良いのが特徴で、ほぼ必ずと言って良い程、噺の中に歌を入れます。
まあ、歌手協会の会員でもあるので、歌も本職なんですが……
1961年生まれ、大分県豊後大野市緒方町出身で、本名は右藤泰幸。
1980年3月 5代目柳家小さん師に入門して小幸。
1984年5月 – 二つ目昇進で「柳家さん好」と改名。
1993年9月 – 真打昇進で4代目(8代目)柳亭市馬を襲名。
2010年12月 – 落語協会理事会にて副会長
2014年6月 – 落語協会理事会にて落語協会会長

出囃子は「吾妻八景」

【芸風】
肝心の噺はというと、これが本格派で、正に柳家の王道を歩んでいます。
個人的には次の小さんはこの人しかいない、と思っています。
なんなら今、名前を変えても良いと思いますが(笑
スケールの大きさを感じさせる噺家さんです。
前から注目されていたのですが、ここ10年位前あたりから噺に色気が出てきました。
一皮むけたという事ですね。
正直、以前はスケールの大きさは伺えるけど、色気に乏しい感じがしていました。
それが、今では登場すると高座が明るくなるのです。

一皮むけたのは師匠が亡くなった事も関係していると思います。
下の世代と上の世代に挟まれて、奮起したのかもしれません。

当たり前の落語を、誰よりも心地好く聴かせてくれる柳亭市馬師です。
一般的にイメージされる「面白い古典落語」を楽しみたい、という人には真っ先にお勧めしたいですね。
何とも素敵な噺家さんです。
よく寄席にも出ていますので、機会のある方は是非御覧になって下さい。
【得意演目】
「高砂や」、「青菜」、「堪忍袋」、「味噌蔵」、「掛取美智也」「転宅」「らくだ」
「付き馬」「花筏」「厄払い」「味噌蔵」「芋俵」「雛鍔」「御神酒徳利」「青菜」他

【エピソード】
五代目小さん一門は剣道が必須ですが、噺家になる前より剣道をやっていたので腕前は確か弟子の中ではかなり上級者です。

【ネタ】
先輩の権太楼師によると、色々と不思議な事を知ってるそうです。
王子の「扇屋」の卵焼きは一子相伝であるとか、以前は店で食べるのと持って帰るのは焼き方が違う、
なんて事を権太楼師に話していたそうです。

茶楽師匠を聴きたい!

up_ph_b44と言う訳で今日は個人的に好きな三笑亭茶楽師です。
【三笑亭茶楽】
1942年〈昭和17年〉7月3日 生まれ 落語芸術協会所属 理事
1963年(昭和38年)5月 八代目三笑亭可楽に入門し、三笑亭可六を名乗る
1966年(昭和41年)10月 – 二ツ目に昇進し、茶楽と改名。
1976年(昭和51年)4月 – 真打昇進。

【芸風】
もうね、これは粋が着物を着ている感じの師匠です。
江戸落語の粋の部分を非常に良く表してくれます。
「宮戸川」の叔父さんなどは本当に絶品ですね。人情に厚い人を良く表していると思います。
江戸落語が何を大事にして来たか? を判らせてくれる師匠です。

【得意演目】
「文七元結」「たち切り」「品川心中」「紙入れ」「宮戸川」「子別れ」「紙入れ」」「芝浜」「船徳」「三年目」「持参金」

【エピソード】
海外で非常に多くの公演をしており英語でも落語を演じます。
またクイズマニアで、『クイズグランプリ』優勝、MBS『ダイビングクイズ』『アップダウンクイズ』優勝、TBS『クイズ世界をあなたに』優勝、日本テレビ『クイズオンクイズ!!』優勝、テレビ朝日『クイズタイムショック』全問正解、ABC『アタック25』優勝と活躍しています。

【健二のネタ】
寄席でも中入り後の深い出番に良く出ます。この出番が深いという事は噺家として重要なのです。その意味でも名手であることが判ります。
故立川談志師に非常に可愛がられ、稽古を多く付けて貰った事は知る人ぞ知る事です。
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